【コラム】夏が連れてくるごちそう──日間賀島の岩ガキと、季節を味わうということ
6月。梅雨入りのニュースがちらほらと耳に届くようになるこの時期、私は毎年、決まって楽しみにしている食材がある。
それが、「岩ガキ」だ。
牡蠣といえば冬の味覚、そう思っている人も多いかもしれないが、それは“真ガキ”の話。実は牡蠣には旬が異なる種類があり、夏に真価を発揮するのが、この「岩ガキ」なのだ。
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■ 夏にしか出会えない、ひとときの贅沢
冬の牡蠣がクリーミーで繊細な味わいだとすれば、岩ガキは圧倒的な存在感を持つ。大ぶりな身に、力強いコク。ひと口で「海の濃縮液」を飲み干したような満足感がある。
そんな岩ガキの中でも、ここ数年、私が注目しているのが「日間賀島(ひまかじま)」産のものだ。
日間賀島は、愛知県の知多半島から船でわずか10分。名古屋から日帰りでも行ける距離ながら、ゆったりとした島時間が流れる、風光明媚な場所だ。タコやフグの名産地としても知られているが、実は知る人ぞ知る“岩ガキの名所”でもある。
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■ 日間賀島の海が育てるもの
なぜ、日間賀島の岩ガキはおいしいのか。その答えは、この島を囲む海にある。
潮の流れが早く、プランクトンが豊富。さらに、岩礁や海草が多く、牡蠣にとって理想的な育成環境が整っているのだ。育てられている岩ガキは、時間をかけてじっくりと成長する。ゆえに、身の詰まりが良く、味も濃い。
ただ大きいだけではない。舌にのせた瞬間に広がる塩気と甘みのバランス。そして、喉をすべるように消えていく潔さ。まるで「一瞬で海になる」ような、そんな感覚を覚える。
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■ 岩ガキの記憶は、夏の始まりの記憶
私はこの時期になると、毎年どこかで岩ガキを食べることにしている。仕事の合間に立ち寄った小料理屋、旅先でふらりと入った居酒屋、あるいは海辺の露店。そのたびに「今この時しか味わえないものを食べている」という実感がある。
今年、訪れた店で出されたのは、見事な日間賀島産の岩ガキだった。殻を開けた瞬間、ぷるんとした身が顔をのぞかせる。光沢を放ち、湧き上がる磯の香り。そのビジュアルだけで、五感が動き出す。
何もつけずにそのまま一口。濃厚なのに重くない。弾力がありながらも柔らかい。体がすっと目覚めるような感覚。
レモンをひと搾りして二口目を迎えると、風味が一転して爽やかになる。まるで岩ガキが「もうひとつの顔」を見せてくれたような気がした。
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■ 「旬を食べる」という贅沢
岩ガキを食べるたび、私は「旬を味わう」ことの豊かさを改めて感じる。
大量生産・大量流通が当たり前になった現代では、季節を問わずほとんどの食材が手に入る。しかし、だからこそ「今、この時にしか味わえない」という食材には、特別な意味がある。
岩ガキはまさにその象徴だ。漁ができるのはごく限られた時期だけ。さらに、天候や海の状態によっては水揚げがまったくない日もある。入荷が不安定だからこそ、出会えたときの喜びは格別だ。
人の都合ではなく、自然の都合で味わえる食材──それが、岩ガキなのだと思う。
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■ 日間賀島という“距離感”
日間賀島の岩ガキは、その味わいだけでなく「距離感」にも魅力がある。
都会からそこまで遠くないが、決して近すぎもしない。電車と船を乗り継いでたどり着くという手間があるからこそ、「わざわざ来た」ことが旅の価値になる。
現地で食べるもよし、島から直送された岩ガキをお店で味わうもよし。どちらも“海とつながっている”実感がある。
食材の背景に思いを馳せることで、ただの「料理」が、物語を持った「体験」へと変わる。
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■ 岩ガキをめぐる、人と季節の物語
思えば、岩ガキをめぐる記憶には、いつも人の姿がある。
店の大将が「今日のはいいよ」と誇らしげにすすめてくれたこと。漁師の方が笑顔で「今朝獲ったばかり」と語ってくれたこと。一緒に食べた友人が、感嘆の声を漏らしたこと。
それぞれの岩ガキに、それぞれの思い出がある。味はもちろんのこと、そのときの空気や風景、会話の余韻が、味覚と一緒に記憶の中に残っていく。
岩ガキを食べるということは、単なる「食事」ではなく、季節のなかに身を置く行為でもある。
そして、それは日々の慌ただしさを一瞬忘れ、自然とつながり直すための、小さな儀式なのかもしれない。
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■ おわりに:今年も、岩ガキがやってきた
今年もまた、岩ガキの季節がやってきた。
今年の一粒が、どんな味わいを持っているのか。それは実際に口にするまでわからない。ただひとつ言えるのは、「今年の岩ガキは、今年しか味わえない」ということ。
ぜひこの夏、日間賀島の岩ガキをどこかで見かけたら、迷わず手を伸ばしてみてほしい。
それは、日常のなかに訪れる、ささやかな冒険だ。そして、その一口が、きっとあなたの“夏の記憶”になるはずだ。
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📸 写真:今季入荷の日間賀島産 岩ガキ。艶やかで、身の締まりが素晴らしい。
🕒 旬の時期:6月中旬〜8月上旬ごろまで(※天候や漁の状況により変動)
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